環境問題に関するもの
良いことでも、友人を失うことが恐くて言えない
地球環境のために役に立ちたいと思い、買い物をしたときにはレジ袋を断ったり、ゴミの分別に気をつけたりするようにしています。しかし友人たちの中には、ファストフードの袋を平気で道に捨てたり、電車内でお菓子のゴミを捨てたりする人もいて、人格を疑ってしまいます。やめてほしいと思いますが、友人を失うことが恐くて何も言えないのが現実です。こんなとき、僕はどうしたらいいのでしょうか。あと一歩の勇気がほしいです。
友達に合わせて行動するのではなく、すべてのものに感謝しながら、良いことを行っていくことが大切です
あなたは、レジ袋を断ったり、ゴミの分別に気をつけるなど、若いのに素晴らしいですね。
高二の息子にこの話をしたところ、さらりと「友達の捨てたゴミを何も言わずに自分で拾ってあげたら良いんだよ。自分が捨てたゴミを友達が拾ってくれるのは悪い気がするから捨てられないよ」と言いました。確かにそうだと思いました。息子はなかなか友達付き合いが上手で、いつもたくさんの仲間がいます。彼の口から友達を責める言葉をあまり聞いたことがありません。
相手の意志を尊重しながら、自然体で自分流を通して生きていくのは難しいように思えますが、ポイントはいくつかあります。
「環境のことを考えて行動している私は素晴らしい人。ゴミを道や電車の中に捨てる友達は悪い人」と思いながら、友達を変えようと思ってもなかなか変わるものではありません。逆にあなたが恐れているように友達と気まずい関係になり、去っていくかもしれません。
友達を悪いやつだと思って注意するのか、良い所をいっぱいもっている良いやつだと思って注意するのでは全く違った結果が出てきます。
言葉でいうより行動で見せる方がインパクトがある
私が就職して間もない頃、小さなゴミを何の気なしに指で丸めて床に捨てたのを、私の先輩は何も注意することなく自分で拾って捨ててくれました。私は「悪かったなあー」と今でもその光景を思い出すことがあります。言葉で注意するより行動で見せることの方がインパクトがあると思います。
友達をああしなければいかん、こうしなければいかん、とあまり考えずに、明るい表情で、全てのものに感謝しながら、よろこんで環境に良いことを“ただ”行っていけばよいのではないでしょうか。そして、友達と一緒にコンビニに行ったときなどに「自分は○○の思いでレジ袋をもらわないようにしている」と言ったり、友達がゴミを捨てたら自分で拾って捨て、もし何か言われたら「私は○○だと思うので」とさりげなく環境の話をしたらよいのではないですか。
友達もきっと分かってくれますよ。ゴミを捨てる友達も「ゴミを捨てることは悪いことだ」と分かっているはずです。なぜならみんなの中には「良心」(神の子)がちゃんとあるのですから。
大切なことは、友達に合わせて行動するのではなく、自分が主体となって、明るくすべてのものに感謝しながら、自分が良いと思うことをどんどん行っていけば、友達もきっと分かってくれ、またそれに
良いことをしている時は自分でしているようですが、神様があなたを通して行っているのですから自信をもって続けていってください。
このQ & Aは、『理想世界』平成20年10月号に掲載されました。
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