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プロフィール
役職など : 生長の家国際部北米課課長、本部講師
家族 : 愛する妻と二男二女でやかましい位仲良く会話を            
     
する家庭を築いている。
趣味:
雑学
近況:
長男の学校のPTA役員となり、IT委員として協力しています。学校HPが日英両語で作成されているため翻訳作業の協力に忙しくしています。
 このエッセイは、生長の家の月刊誌『光の泉』の平成17年6月号に掲載されたものです。
 ビジネスにとって海外赴任のケースは増えてきている。こんなときの子育ては如何にすれば良いか・・・・ 

  私は七年ほど前に、生長の家ハワイ教区の駐在本部員としてハワイに赴任を命ぜられました。当時、長男は小学校二年生、長女は幼稚園年長組、次男は生まれて間もない時でした。ハワイに行くのがいやで、長男が大泣きしたのを覚えています。長男は私の仕事の関係で、生まれてまもなくから五歳になるまで、アメリカで生活していたことがありますが、英語はすっかり忘れていましたし、せっかく日本の学校でできた友達と別れるのがいやだったのだと思います。

 私たちはハワイでは、子供達が少しでも英語になれるよう、本来の学年よりも一つ下の学年の、普通のクラスに入れてもらいました。しかし長女は、ハワイの現地校に通い出して最初の数週間は泣いてばかりいて、先が思いやられました。そのため家内は、しばらく長女と一緒に小学校に通うことになってしまいました。
 また私たちは、子供の宿題に何度もつきあわされました。小学校の宿題なのですが、これが結構簡単ではないのです。小学校にはESLという、英語を第二言語とする生徒のためのクラスもありましたが、できるだけはやく普通のクラスに慣れるため、子供が通ったサマースクールの先生に英語の家庭教師になって頂いたこともありました。 一般的に海外に赴任してもっとも大変なのは、生活環境がガラッと変わることによるストレスだと言われています。両親が新しい環境で苦労しているのと同様、子供達も苦労していることを理解してあげる必要があります。

 私たち夫婦は、生長の家で「人間は皆神の子である」と教えられていましたので、自分たちに解決できない問題は本来ないはずだと信じていました。こうした場合、たとえ問題が解決困難なものに見えようとも、神様と一緒であれば必ず解決するのだ、という明るい気持ちをもつことが大切だと思います。 もちろん言葉が通じない状態で、新しい環境になれることは大変なことだと思います。しかし、子供が動揺する姿に親までも動揺していたら、子供は益々不安になってしまいます。そこで私たち夫婦は、「必ず良くなる」と決めて子供に接するようにしておりました。
 人間には無限の力がありますので、そのような困難をものともせず乗り越える力があることを確信することです。新しい環境で困難に戯れているうち、新しい自分を発見することもできるのです。

 生長の家総裁・谷口清超先生は、『父と母のために』というご著書のなかで、人生苦の意味について説かれたあとに、次のように書かれています。
<<しかし本当をいうと、このような苦痛や苦悩も、実在ではありません。ない  から消えるのです。あるものは、つまり『実在している』ものは、消えることがない。何故なら、それがアルのだから。あり通している、これを『実在する』というのです。したがって吾々は病苦、家庭苦、人生苦の実在を、どんなことがあっても認めないのです。それは現象的にはマザマザと現われてくるかも知れませんが、本当にあるのではない。だから、そう断々乎として信ずると、そのようになって、信じた通り消えていってしまうのです>>(12ページ)

 さて、あんなにハワイに行くことをいやがっていた長男は、その後、ハワイで親友を得て、とても素晴らしい小学校生活を終え、中学校に入学直後に帰国となりました。予定していた帰国が半年早くなって、かえってショックをうけるほどハワイの生活を楽しんでいましたが、日本の中学校に転入してからも新しい友達に恵まれ、今では国際科のある高校に通うことになりました。そして、生長の家の練成会などにも喜んで参加するまでに成長しています。 また、あれだけ泣いてばかりいた長女も、ハワイでは理解のある先生に恵まれ、小学校一年生の途中で実力が認められ、二年生にあげてもらいました。今では日本での中学校生活を楽しんでおりますが、あのときどうして泣いてばかりいたのかを聞いたところ、英語だけの問題ではなく、先生が怒ってばかりで怖かったことが原因の一つだったとのことでした。

 生長の家では、人間は神の子で無限力があり、それを「和顔・愛語・讃嘆」のコトバの力で、褒め称えることで、引き出すことができると言われております。ハワイで生まれた次女を含め、四人の子供の成長ぶりをみるにつけ、これまで以上に、この子達には、計りしれない可能性があるのだと実感するようになりました。また、父親として、これからも子供の無限の可能性を褒め称え、信じてあげたいと思います。

※このエッセイは、月刊誌『光の泉』平成17年 6月号の「信仰随想」のコーナーに掲載されました。

 

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