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今年の2月5日、私たち夫婦に女の子が生まれ、今すくすくと育っています。娘が誕生したことは、私たちにとってこのうえない喜びであると同時に、人生において大切なことを教えてくれる素晴らしい“教材”と思っています。
さて、娘が生まれてくるまで妻は2度の流産を経験しました。この2度の流産は私たちにとって、生命の尊さを深く教えてくれる出来事となりました。1度目は妊娠がわかった直後に出血し、病院で流産と診察を受けました。とても残念でした。2度目は母子手帳をもらい、病院の検診も始まっていました。検診日には私も病院に付き添い、超音波検査で胎児の様子を妻とともに見て、生まれてくるのがとても待ち遠しかったのですが、4ヵ月目の検診で、心拍は止まっていたのでした。それはとてもショックな出来事で、妻はしばらく泣いていました。また私も、心にぽっかり穴があいたような虚しさを感じました。2度の流産を経て、「一人の生命が無事に生まれてくるということは、どれほど尊いことだろうか」とつくづく感じました。
それから半年、新たな生命が私たちを親と選んで宿ってきてくれました。胎児は、順調に生長しました。日増しに大きくなる妻のお腹に、何度も何度も「待っているよ!」「宿ってくれてありがとう!」と声をかけました。また、一日の出来事なども既に生まれてきているかのように普通に話すようにしました。「ただただ元気に生まれてきてほしい」−−−日々、それだけを願っていました。
いよいよ出産の時、病院では“立ち会い出産”を奨励しており、私は言われるままに分娩室入りました。妻の枕元に立ち、団扇(うちわ)であおぎ、時折水を飲ませながら、心の中でただ無事に生まれてくれるよう祈りました。分娩室に入ると、「出産は妻一人の大仕事ではない、私たち夫婦を親として宿ってきた子供を迎える重要な共同作業である」と改めて実感しました。
1時間近く経った頃、突然胸の奥から「私たちは、今までどれほどの方に愛され、祈られ、支えられてきただろう。また、一人の生命が生まれ出でるために、どれだけの愛が注がれているだろう」という感謝と感動が込み上げてきました。職場の人たち、お世話になった方々、両親、祖父母、友人らの顔が次々と浮かび、さらには目の前で、わが子の出産のために一所懸命働いてくれている医師と助産士に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。その後、無事に生まれたわが娘は、へその緒がついたまま、妻のお腹に乗せられました。初体面した私たち夫婦は「ありがとう。無事に生まれてきてくれて・・・」と娘に声をかけました。
出産から7日後、妻と子供がわが家に帰ってきました。お産に時間がかかったため、妻には「絶対に安静にしてください」という診断が医師から出されました。実は私にとってこの時期が1年で最も忙しい時期となります。不安を感じながらも、「妻には安静にしてもらい、育児に専念してほしい」との思いから、一大決心して家事に挑みました。特に、今までほとんどしなかった 料理に取り組んだことは、“人生の一大転機”となりました。
その後、妻の体調は回復し、今では母子ともに元気に過ごしています。
家に帰ると「今日はどんな一日だった?楽しかった?」「お父さんは、今日とてもいいことがあったんだよ。それはね・・・」−−−妻のお腹の中にいた時と同じように、娘に話しかけるのが日課となっています。
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