女性経営者,繁栄ストーリー

素晴らしい人生を!

2015年5月16日  


 東京第二教区栄える会会頭   小池 光子

小池光子

有難うございます(拍手)。私は地元の調布市に住んでおりまして、小さい頃に飛田給道場によく遊びに来ておりまして、先程お話しになりました、徳久克己先生のご長男である、徳久日出一さんとは、お相撲を取ったりして遊んでおりました(笑)。

別室でお話を聴きながら、幼い頃からの色々な事が思い出されました。様々な体験が私の身体の細胞、心の細胞に染み込んで私の人格が形成され、現在の私があるんだなあと思い、感謝の想いに満たされました。

徳久克己先生に導かれた母

私の父は戦死いたしましたので、私は父の顔を知らないのです。私は3人姉妹の末っ子ですが、母は夫を亡くして、これから一人で育てて行かなければならないという辛い時期に、生長の家のみ教えに導かれたことは、母は勿論、私達子供にとっても大変有難いことでした。母は昭和39年まで履物屋を営み繁盛しましたが、40年からは不動産業に移り、現在の(株)とみや不動産に至っております。

母にとって幸せだったことは、飛田給道場があったこと、そしてそこに徳久克己先生が居らしたことでした。昭和25年頃から、母は毎朝毎朝、降っても照っても4時半に起きて、真っ暗な道を自転車を漕いで、飛田給道場の早朝神想観に通っておりました。毎朝一番早く道場に着きますので、母が道場のドアを開けておりました。そして『生命の實相』に説かれている、「人間・神の子、無限力」の素晴らしい真理を、徳久先生がやさしく説いてくださることによって、母の心に真理がどんどん染み込んで行ったのでした。

徳久先生は、生長の家の基本である、「認めて讃める」ことによって、母を導いて育ててくださいました。「飛田給道場のドアを初めに開けるのは誰だと思う? それは小山ヤエさんだよ」と言って、皆さんに発表してくださる。皆さんの前で、認められ、讃嘆されて、歓びと感謝に満たされた母は、どんどん、魂が生長して行きました。

ある時、道場の畳が汚れて来たことに気づいた母は、「何とかしなければ。気付いた私がやればよい」と思い、畳の取り換えを申し出ました。昔はその様に出来たのですね。それで自分で職人さんも手配して、畳を取り換えさせていただきました。

すると徳久先生は、皆さんの前で母を紹介して、「この人は偉いんだよ。道場の畳を取り換えてくれたんだよ」と讃えてくださる。そして母の話を聴いてくださり、「今日も寒かったろう、気をつけて帰るんだよ」と気遣ってくださる。本来なら苦しい、辛く寂しいはずの母の心に、自分を認めて讃えてくださる徳久先生の導きによって、母は喜びと嬉しさで明るい心になり、私達子供にも明るく優しく接してくれました。そのお陰で、私達も自然と生長の家のみ教えに導かれて来ました。

突然の夫の死

母の実家は農家でしたので、食糧不足の時代であっても、私達は食糧の心配をすることなく、母の愛に守られて幸せな日々を送って来ました。そして「人間神の子」と言われて、時には反抗しつつもこの教えに導かれて、生長の家青年会の活動もしておりました。その活動を通じて、同じ青年会員であった夫と縁あって結婚し、長男にも恵まれて、毎日をルンルンとした気持ちで、幸せ一杯に送り、「この人生は順風満帆、絶対幸せに決まっている」と思っていました。

ところが昭和59年の4月18日、スキルス性胃癌に侵された夫が天国に召されるのですね。雪が一杯降る日で、子供はまだ小学校4年生でした。それまで人生の優等生だった私は、ドカンと奈落に落ちてしまい、家の中で涙する日が続きました。

ダイヤの価値は何で決まるか知ってる?

そのような私の生活の中で、壁に掛けてあった谷口雅春先生の光明の言葉が、目に留まりました。それには、「世の中に無駄なものは一つもない。困難さえもその人に知能を付与する」と書かれてありました。

涙で乱反射するような毎日でしたけど、その言葉を何回も何回も何回も読み返しました。こんな困難はあるはずがないと思っていた、その悲劇のどん底にいた私は、「こんな苦しみに居る私に、神様はどんな智慧を与えてくださるのかしら」と思って、何回もその真理の言葉を反芻しました。

その頃、ちょうどバブルの時期でしたが、姉の友人が訪ねて来ました。この方は宝石がとても好きで、大きなダイヤの指輪をしておられました。そして私に「小池さん、これ良いでしょ。ダイヤの価値って、どこにあるのか、解る?」と言われたんですね。「解りません」と言うと、「石の大きさが同じでも、カットの仕方で価値が違うのよ」と。精巧にカットしてあるほど、その輝きが違うのだということなんですね。

「ああそうか」と思ったんですね、ここが私の素晴らしい所なんですけど(笑)、ダイヤは切り刻まれて美しくカットされ、磨かれて、それでこそ素晴らしく輝くのだなと思った時に、「私の人生も同じだな」と思ったのです。ダイヤの気持ちになれば、カットされる時にさぞ痛かったろうけれど、カット数が多いほど光り輝く。そのように私も、「色々な体験を積むほどに、今は辛い経験を味わっているのだけれど、人間神の子、光り輝くんだー」と思ったんです、その瞬間、それからの私の人生は変わりました(拍手)。

『無門關解釈』の「趙州勘婆」に学ぶ

ある時、栄える会の輪読会で、『無門關解釈』の第31則の「趙州勘婆」を読んでおりました。どのような内容かと言いますと、昔、中国に五臺山という山があり、お坊さんは修行のためにその山に向かうのですが、途中に茶屋があり、そこで道は二又に分れているのです。それでどちらの道を行ったらよいかと、茶屋のお婆さんに尋ねるけれども、お婆さんは誰に対しても「道か、道なら真直ぐ行けよ」と言うばかりなのです。この公則の内容はもっと続くのですが、その時に私は「真直ぐに行くというのは、神様の道、誠の道を真直ぐに行くことなのだ。私はその道を行こう」と思ったのです。

その時に、主人が亡くなった葬儀の時に、物凄く皆さんに良くしていただいた事を思ったのです。生長の家の人は勿論、主人の大学の友人、職場の人達、近所の皆さん、全ての人に本当に良くしていただいて、「なんて素晴らしい主人だったのだろう」と、強く思ったのです。

悲しいどん底だったんだけど、心の底から、「なんてありがたい事なのか」という感謝の想いが、ワーッと湧き出して来たのです。一人一人に「ありがとうございます、ありがとうございます」と言って廻りたいほどの自分になったんですね。

この人生の分岐点の時に、「感謝の念の中にこそ汝はわが姿を見、わが救いを受けるであろう」と、大調和の神示の中に示されていますが、感謝したら、必ず救われるわけですよ。「分岐点を行く時に、無上なる感謝というものがピタッとつくと、それがどんどん神様の方へ行くんだ」と、その時私は確信しましたね。これは私の大発見であり、「真直ぐの道」へと歩み出したその一点でしたね。

人を励ます言葉の大切さ

生長の家では、言葉というのは、想念と、発生音と、表情とを合わせて「コトバ」と言っておりますね。仏師は、鑿(ノミ)によって仏像を彫りますが、人は今述べた3つの言葉によって人格を彫るんですね。だから言葉というのは大切なものであり、重いものなんですね。自分自身にも、人にも、明るい言葉、元気の出る言葉、励ます言葉を大切にして、良き運命を創って行かなければならないと思います。今日のテキストである谷口雅春先生著の『栄える生活365章』の24頁「自己が変れば世界が変る」を読ませていただきます。

繁栄の為には吾々は“明るい性格”を有たねばならない。人生に対する積極的な生活態度、進んでやまざる向上精神を養わねばならないのである。何を見ても、その欠点を見て、ものを崩してかかるようなケチな態度から一転して、何に対しても美点を見つけ、それを生かし育てて行くような建設的な精神を育てることが必要であるのである。このような生活態度と精神とが養われて、はじめて、人は新しき一層よき生活を期待することができるのである。

このように書かれておりますね。生長の家の教えを学んだならば、まず「自分は神の子で素晴らしい」と思い信じること。次に、すべての人は神の子であるから、「どんな状態が現われていても、相手を神の子として観られるような自分になること」、これが絶対条件なんですね。さらに、

人生の主動者は外にあるのではなく、自己にあることを知らねばならない。自分自身の「人間」が「変る」ことによってのみ、自分の周囲の世界が「変る」のである。自分の心が輝いて来て周囲が明るくなるのである。自分自身が世界の灯台とならなければならないのである。しかも、自分が「変る」ための根本は、人間は神の子であり、本来清浄であり、本来罪なきものであり、本来完全なるものであることを知り、心の奥底から劣等感を根絶しなければならないのである。

このように書かれておりますね。私も夫を亡くして悲しみに覆われていた状態から、やっと元気を取り戻して立ち直りつつあった時に、町で、90歳過ぎの方にお会いしたんですね。それで明るくご挨拶しましたら、上から下まで私の顔をじっと見て、「あんたも、気の毒だねえ」と言われたことがあるんです。やっと立ち直りつつあった時に「気の毒な人」というレッテルを貼られて、とても悲しい思いをしたんですね。ですから私は、例えば東日本大震災で沢山の方が亡くなられた、確かにお気の毒ですよね。けれども、健気に悲しみのどん底から立ち上がられて、力いっぱい復興に向けて働いていらっしゃる。その方々に対して、いつまでも「お悔やみ申し上げます」ではなくて、「あなた偉いわねえ、頑張って素晴らしいわねえ」と、讃える言葉でもって対することが大切だと思うのです。大震災に遭われた方々は、今のような生き方ではいけないという事を教えてくださった観世音菩薩であると、生長の家総裁・谷口雅宣先生は、『自然と人間の大調和を観ずる祈り』の中で、

「この作品は描き直し、作り直す必要がある!」と、現象の不幸を表した人々は、そんな尊い役割を果たしている。これらの人々こそ、我々の良心であり、“神の子”の本性の代弁者であり、観世音菩薩である。

我らは今、この尊き観世音菩薩の教えを謙虚に聴き、心から感謝申し上げるとともに、神の創造り給いし世界の実相の表現に向かって、新たな決意を持って前進するのである。

と述べておられます。ですから私達は、被災された皆さんを尊い観世音菩薩として礼拝しなければならないと思うんですね。

思いやりの深い人間になろうと決意する

イエスが死せるラザロを蘇らせた祈りは、どのようなものであったかと言うと、『続真理の吟唱』の「願望を実現するための祈り」の224頁に、

イエスは、「神よ、あなたは常に私の祈りに応え給いし事を感謝いたします」と先ず“感謝”の言葉を述べて神に対したのである。そして、祈りの実現に確信をもってから、その確信をもって自分の願望の実現を言葉の力をもって宣言したのである。その方法によってラザロは癒されて復活したのである。感謝と確信と、信念ある言葉とが、祈りを実現する三要素である。

このように書かれています。けれどもイエスと雖も、磔にかかる時には、

彼はゲッセマネの園に於いて「願わくばこの苦き盃をわれより除り去り給え」と祈ったのである。

と書かれていたんですね。谷口雅春先生は苦い盃があって、キリスト教という愛の宗教が生まれたのだと、書いておられます。そこを読んだ時に、「ああ、キリストは神の子であり私も同じ神の子なんだ」と思ったんですね。そして自分に言い聞かせたんですね。「私も夫の死という苦い盃を、これを魂の生長の糧として、感謝によって受けよう」と決意したんですね。そして「この体験を通して、皆さんに愛を与えられる、思いやりの深い人間になろう、愛を生きよう」と決意したんです。

どうぞ皆様も「私は素晴らしい」と言い聞かせて、明るく愛を表現して行く毎日を送り、繁栄して頂きたいと思います。ありがとうございます(拍手)。

○平成26年11月開催「経営トップセミナー」(本部練成道場)の講話より○

 


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