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民間交流で中国・長春市の名誉市民

北海道千歳市の藤本敬一さん

去る6月、北海道千歳市在住の相愛会員で、中国との民間交流に取り組む市民団体「日中交流千歳市民会議」会長を務める藤本敬一さん(83)は、同市の友好親善都市である中国東北部の長春市から、“名誉市民”の称号を授与された。


「メンバーの一人一人に頂いた栄誉です」
と藤本さん

これは、同市民会議が中国東北部からの農業研修生の受け入れや同地方への医療機器の寄贈などの“草の根レベル”の交流を継続してきたことに加えて、16年、千歳市が中国東北部の中心都市、長春市と友好親善都市提携を結んだことから、長春市の強い希望で、同市民会議代表の藤本さんにその称号が与えられたもの。

今回、同市民会議では、藤本さんを団長とする21人のメンバーが、6月25日から7月2日の日程で中国を訪問。26日、長春市で名誉市民授与式が開かれ、祝業情・長春市長から藤本さんに、「いつでも自由に訪問してほしい」との思いが込められた特製の鍵と楯が手渡された。

同市の名誉市民は藤本さんが日本人16人目、北海道からは初めて。

藤本さんの授与は、7月6日付『北海道新聞』にも紹介され、話題を呼んだ。

藤本さんは「称号を頂けるとは夢にも思っていませんでした。会員1人1人の“善意”に対して頂いた栄誉だと思います」と喜びを語る。

藤本さんが、中国と交流するようになったのは、昭和53年ごろ、当時の千歳市教育委員会委員長から、同じく委員だった藤本さんに対して、「“日中友好文化交流千歳市民会議”を設立するので協力してほしい」と依頼されたのがきっかけ。

55年、同団体が中国黒竜江省から農業実習生6人を受け入れた時には、その中の1人を酪農を営む藤本さん宅に招いて1年間、酪農研修を実施。ちなみに藤本さん宅では、これまで約10人の中国人実習生を受け入れて研修を行っている。

その後しばらく同団体の交流事業は順調に続いたが、団体代表の死去などに伴い、活動を停止。

そんな中、平成7年、「交流を再開したい」と考えた藤本さんは仲間を募るようになり、翌年、「日中交流千歳市民会議」と名称も一新し、自らが会長となって交流活動を再開。

これまで、同市民会議では、中国東北部から、毎年、1年間の農業実習生数人のほか、合計130人の訪問団を受け入れてきたほか、また日本からは5回に渡って合計300人が同地域を訪問し、交流を深めてきた。

「両国がよく理解し合うためには、腹を割って交流できる場が必要と思い、民間レベルでの交流を何度も行い、信頼関係を築いてきました。それこそが、両国の友好に発展し、周囲の国々にも良い影響を与えて世界平和につながるものと信じています。こう考えられるのも、み教えを学んでいたいたおかげです」

そんな藤本さんが生長の家に触れたのは、昭和17年、19歳の時。父が親戚から借りて自宅の書棚に置いていた『生命の實相』を読んだことがきっかけ。

すると、翌18年、軍隊に入隊して知り合った友人に誘われて、同年8月2日〜7日、札幌市で開催された谷口雅春先生ご指導の講習会に参加することができた。

終戦後は、父親が営む酪農を手伝いながら、昭和23年、地方講師の神出杉雄さん(86)の指導の下、自宅で誌友会を開催するように。

「宗教や宗派に関わらず、正しい教えの神髄は1つであるという“万教帰一“の教えに感動して以来、広々とした世界観をもって人生を歩んでこれました。だからこそ、中国人とも仲良く交流を続けてこられたのだと思います」

現在でも、講習会、全国大会、誌友会の行事に欠かさず参加し、真理の研さんに励んでいる藤本さんは、「これからもみ教えを学びながら、より一層、中国との交流も深めていきたい」と語っている。