TOP > Web聖使命 > 20061001号 > 記事

始めて1年半の絵手紙が入選

大分県臼杵市の佐野恒雄さん

大分県臼杵市在住で、大分生命学園園長を務める地方講師、佐野恒雄さん(72)は、去る8月、地元紙『大分合同新聞』が募集した「ほのぼのワクワク絵手紙'06夏」に絵手紙を応募し、見事、入選者15人の1人に選ばれた。佐野さんは、長年、小中学校の教師を務め、平成6年、定年退職後も、生長の家大分教区教職員会会長や保護司を務めるなど活躍し、14年には、生長の家の教育法に基づいた指導体験をまとめた『お父さん出番ですよ』(日本教文社刊)を出版している。そんな中、「苦手だった絵を描いてみよう」とチャレンジ精神を発揮して、昨年から絵手紙づくりを始めた佐野さんは、「楽しさを知った絵手紙で無限力を発揮して自分を表現していくとともに、1人でも多くの人にみ教えを伝えて後継者をつくっていきたい」と抱負を語っている。


「楽しく描いています」と佐野さん

『大分合同新聞』(大分市)の「ほのぼのワクワク絵手紙」は、同紙が年4回、絵手紙を募集するもの。第1回目の「'06夏」には182点の応募があり、佐野さんの作品は、見事、入選作15点の1点に選ばれた。

佐野さんの作品は、緑色の皮付きで、黄色い実のぎっしり詰まったトウモロコシを描いたもので“気になる歯医者”と言葉が添えられている。おいしそうだが、歯が衰えて食べるのをためらう気持ちを表したユーモアのある作品となっている。

作品は、8月26日付同紙夕刊で、ほかの入選作と共に紹介された。

「コンテストに初めて応募して入選することができて、とてもうれしい」

佐野さんは、昨年1月に絵手紙を習い始めたばかり。

子供のころから、図画や習字は一度も褒められたことがなかったという。が、子供の絵のコンテストの審査を通して、「絵はおもしろい。描いてみたい」とひそかに思っていたところ、昨年、臼杵市で絵手紙教室が開催され始めたのを機に、毎週1回、教室に通うように。

主に花や果物、野菜などの静物を題材として、毎月100枚以上を描いて、生長の家信徒や教室を通じて知り合った知人に送っているという。

「“人生でこんなに興味を持てるものがあったのか?”と思うくらい、楽しく描いています。“ヘタでいい。ヘタがいい”と指導されることも、“そのままの心を現す”という生長の家の教えに通じる部分があるように思い、気に入っています」

 佐野さんは、現在の臼杵市で、5人きょうだいの2番目(二男)として生まれ育ったが、小さいころは、勉強が苦手で、体も弱かったという。

「小学生半ばまで、夜中の粗相の癖があり、同級生からからかわれていました」

そんな佐野さんだったが、昭和24年、中学3年の時、父親が持っていた『生命の實相』第4巻を読んで、「何かすごいことが書いてある」と感動。その後、青年会の仲間と共に教えを学んだり、活動に励むようになったという。


入選した絵手紙

昭和30年、佐野さんは大分大学を卒業し、1年間小学校に勤務したあと、翌年から中学校の教諭となり、国語と社会を教えるようになった。ところが、やがてみ教えからは遠ざり、一時、組合活動にものめり込んだ。

「何でも頑張ろう! と活動に励んで、活動の中心人物となっていました」

が、組合活動にも疑問を持ち始めた時、肺炎で1カ月間入院。病院の図書室にあった『生長の家』誌(旧版)を読んで生長の家を思い出した。

同誌で練成会案内を見た佐野さんは、退院後の昭和48年8月、九州別格本山(現在の総本山)の練成会に10日間参加し、農作業などの献労に励んだという。

その後、教職に復帰した佐野さんは、子供を認め、賛嘆する生長の家の教育法を実践し始めた。

例えば、ある時、盗癖のレッテルを張られた少年が中学に入学してきた。が、佐野さんが、少年の善なる実相を観じ続け、「学校内では1回も盗んでいない」「掃除は一番うまい」などと少しでも良いところを見て賛嘆し続けると、やがて少年は盗みを止め、明るくなっていったという。

また、ある時は、クラスの男子全員が、反抗精神から規則にないダボダボのズボンをはいてきたが、責めず、神想観に徹して神様に全託して祈り、また生徒には「私は神の子、完全円満、無限力」と念じさせたところ、やがて生徒は正しいズボンを着用するようになったという。

「神の子を信じ、善のみを見ると、子供たちはどんどん変わっていきます。劣等感を持つ子供を理解するには、私が体や性格が弱かったことも無駄ではありませんでした。教師になって本当によかったと思います」

平成6年、佐野さんは、臼杵市の小学校校長を最後に定年退職。同年から保護司を務め、2年間は家庭相談員も兼務するなど、教師の体験とみ教えを生かして、明るい地域社会づくりに尽力してきた。

数々の相談を受ける中で、問題となる子供の家庭では父親の存在感が薄いことを感じていた佐野さんは、平成14年、それまでの指導体験を書いた『お父さん出番ですよ』(日本教文社刊)を出版。父親の家庭教育での役割の大切さを訴えてきた。

一方、佐野さんは、生長の家の活動にも励み、55年、地方講師、平成7年から、生長の家大分教区教職員会会長、同8年から、臼杵相愛会長をいずれも16年まで務め、現在は、大分生命学園園長として生命学園の指導をはじめ、練成会の指導や誌友会に出講。また聖典等に啓発されて、5年前から毎朝近所の散歩がてらに、ごみ拾いを実践しているほか、今年7月、自宅に太陽光発電装置(出力2.3㌔㍗)を設置して環境保全に取り組んでいる。

佐野さんは「絵手紙で“そのままの自分”を一層表現していくとともに、1人でも多くの人にみ教えを伝えて後継者をつくっていきたい」と抱負を語っている。