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被災時の励まし
今も忘れずパンを配達

岐阜県海津市 水谷昌治郎さん

平成12年秋の“東海豪雨”による水害で経営する食パン工場の移転が余儀なくされたが、被災時に励ましてくれた地域の人々に、6年たった今も自らパンを配達し続けている人がいる。岐阜県海津市在住の栄える会会員で、業務用パンの卸販売「ロワイヤル」(本社・愛知県清須市)を経営する水谷昌治郎さん(60)がその人。

「被災後、途方に暮れていた時、“またおいしいパンを作ってください”とお客さまから励ましていただき、とてもうれしかった。だから今も感謝の思いで届けています」

昭和50年設立の同社では、業務用食パンを製造し、ホテルや喫茶店、老人ホームに卸販売しており、牛乳がたっぷり練り込まれた食パンは好評だったが、やがて工場の焼きたてのパンの香りに誘われて地域の住民も買いに来るように。

「“風味があっておいしい”と喜んでくださる地域の皆さんに、安く販売していました」

ところが、12年9月11日、工場のあった名古屋市あし原町は、豪雨で町内を流れる新川が決壊。工場には大量の水が押し寄せ、400斤を一度に焼ける大型オーブンなどが水と泥に埋まり、使い物にならなくなった。

ぼう然となった水谷さんは、一時廃業も考えたという。しかし「周りから励ましの声を頂きました。そんな長年お世話になったお客さまには迷惑をかけたくない…」と、すぐに業務再開を決断。被災3日後、元同僚が工場長を務める岐阜県関市の食パンメーカーに頼んで設備の一部を借りてパンの製造を再開。

「“苦しい時はお互いさま”と快く引き受けてくれ、取引先に2日間迷惑を掛けただけでした。生長の家の講師からも“社長がクヨクヨしたらダメ。笑顔で対応しましょう”と指導され、心の支えになりました」

半年たつと、製造再開を聞きつけたあし原町の人々から「どこに行けば買えるのか」と問い合わせが相次ぐようになり、その声を聞いた水谷さんは、1週間に1回、自ら車にパンを積み込み、あし原町の顧客だった個人宅8軒に格安でパンを配達して回るように。


自家用車にパンを積み配達する水谷さん

「“以前と変わらずおいしい”と喜んでくれるお客さまの声が励みです」

水谷さんの心温まる行為は、今年9月9日付『中日新聞』で、「東海豪雨6年 ホテルパン 今も食卓に」という見出しの記事に写真入りで紹介され、話題を呼んだ。

水谷さんが生長の家に触れたのは、平成5年。

「実姉(幸さん、70)の統合失調症を治してあげたい」と、熱心な信徒の義姉の勧めで、妻の彩子さん(57)と2人で岐阜県在住の伊藤すぎ子・地方講師の指導を受けたことがきっかけ。

「“人間には本来病気は無く、すでに完全円満である”という教えにとても魅力を感じました」

以来、水谷さんは聖典の拝読や誌友会への参加で教えを学ぶようになり、17年からは栄える会大垣支部事務長を拝命して活動を続けている。

現在も1日2回の聖経読誦は欠かさないという水谷さんは、「長年、入院していた姉も私たちが実相を観じ続けたおかげか容態もよくなり、最近退院しました。これからも教えを学びつつ、感謝の思いを込めて、お客さまに愛されるパンを作り続けていきたい」と語っている。