TOP > Web聖使命 > 20070401号 > 記事

恩返しの気持ちで
病院で3回目の絵画展

岐阜県恵那市の長谷川三千夫さん

「命を救って頂いた病院への恩返しの気持ちで…」

岐阜県恵那市の地方講師で表具師の長谷川三千夫さん(78)は、前立腺がんを乗り越え、今春、通院していた病院で、3回目となる絵画展を開催した。
「絵を見た人に希望を与えることができれば…」と語る長谷川さんを会場に訪ねた。


「絵を見た方に希望を与えることができれば本望です」と長谷川さん。
3月14日、土岐市立土岐総合病院

去る2月1日〜3月31日、岐阜県土岐市の土岐市立総合病院で、長谷川さんの3回目の個展「長谷川三千夫素朴画展」が開催された。

場所は、病院廊下の展示スペース(長さ15㍍、高さ2.5㍍)。40号(80.3㌢×100㌢)の和紙にアクリル絵の具で描かれた風景画11点が掲げられた。
いずれも長谷川さんが生まれ育った昭和初期の田舎の暮らしぶりが、茅葺きの家や田園で働く人や子供たちを配置し、日本画風の淡い色彩と温かいタッチで描かれている。作品の下には自作の詩も添えた。
作品を鑑賞していた60代の男性は、「懐かしい昔を思い出して…」と感慨深げ。
絵画展は、2月17日付『中日新聞』にカラー写真入りで紹介されるなど話題を呼んだ。

■前立腺がんを乗り越えて

今は元気な長谷川さんだが、平成13年、前立腺がんを患い、手の関節にも転移し、医師は家族に「余命1カ月」と宣告。
だが昭和43年、心臓病を患った時、妻のちゑ子さんの勧めで入信し全快して以来、信仰を続けてきた長谷川さんは、闘病中も毎日神想観と聖経読誦を欠かさなかった。
するとある日、神想観の中で、内なる神の声に導かれるように「病院を替えたい」という気持ちに。早速通院し始めた土岐市立総合病院では、最新の治療法を受けられ、体調も徐々に回復。1年後、がん細胞はすべて消えていたという。
この間、車で通院する途中、長谷川さんは、自然豊かな農村風景に郷愁が込み上げ、スケッチを始めるように。


自宅の仏間が長谷川さんのアトリエ。
手が空いたときにすぐに制作。

そんなある日、元々表具師として掛け軸や屏風絵の修復を手がけた経験もある長谷川さんは、「私にも描けるかも」と思い立ち、古里の農家を思い出しながら、農家の縁側で干し柿を作る夫婦を描いた『追憶』(40号)を制作。これが見事、翌年の「恵那市美術展」に入選。
以来、絵を描くようになった長谷川さんは、17年、恩返しの気持ちから、お世話になった主治医に病院での絵画展を提案して、初の絵画展を開催し、今回で3年連続の開催となった。

「14年、妻は他界しましたが、制作中良いアイディアが思い浮かぶと、絵心があった家内の導きでは?と思って…」

今回初めて、これまでの作品の絵はがき24枚を制作販売し、売り上げ9万円は病院に寄付。
また、ある来場者から「絵を自分が新しく始める店に飾りたい」と熱望され、わざわざその人のために同じ作品を描いてプレゼントしたという。
現在、教区練成会の運営に携わる一方、生長の家芸術家連盟美術展で16年から毎年入選している長谷川さんは、「自作を展示する“美術館”を造るのが夢。それが地域の振興につながれば」と目を輝かせている。