TOP > Web聖使命 > 20070501号 > 記事

在独20年を記念して東京でリサイタル

バイオリニストの飯吉真子さん

ドイツ・ベルリン在住の聖使命会員で、バイオリニストの飯吉真子さんが、去る4月、東京・調布市で、「在独20周年記念バイオリンリサイタル」を開催した。飯吉さんはクラシック音楽の伝統を誇るドイツを中心に世界各国で活躍する一方、3人の娘を育てる母親。「教えがあるから困難を乗り越えることができた」と語る飯吉さんをコンサート会場と実家(調布市)に訪ね、バイオリンや生長の家との出合いについて聞いてみた。


田中さん(右)と息もピッタリで伸びやかに演奏する飯吉さん

4月12日午後7時、複合文化施設「調布市文化会館たづくり」内にある「くすのきホール」で7時の開演チャイムが鳴り終ると、黒のドレスに身を包んだ飯吉さんが、高校時代からの親友でピアニストの田中麻紀さんと共に、ステージに登場。
飯吉さんは、サラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』のほか、モーツァルト、ブラームス、ストラヴィンスキーの計4曲を情感を込めて演奏し、集まった約300人の聴衆を魅了した。

「高度な技量が要求される難曲でしたが、田中さんとの息もピッタリで力を十分発揮できました。“美しい音色に身震いした”などの感想を頂いてうれしい」

こう語る飯吉さんは、指揮者として有名な汐澤安彦さんを父に、東京芸術大学で管楽器奏者だった飯吉陽子さん(白鳩会東京第二教区連合会長)を母に持つ音楽一家で育った。
バイオリンとの出合いは6歳の時。母方の祖父からもらった子供用のバイオリンが面白くて教室に通うように。転機は小学6年生の時、安彦さんのドイツ土産だった大人用のバイオリンを弾いてみると、「これが本物の音色なのか」と震えた。
以来、一層練習に励むようになり、東京芸術大学附属音楽高等学校、東京芸術大学に進学。海野義雄氏らに師事。1987年には念願だったドイツに留学。ベルリンフィルのコンサートマスター、レオン・シュピーラー氏に師事するなど、腕を磨いた。

生長の家との出合いは小学6年生の時、陽子さんの勧めで参加した青少年練成会だった。「友だちができて楽しかった」と続けて参加。中学3年生の時は、入試直前だったが冬季練成会に参加すると、直後から、バイオリンの音色が急に良くなり、見事入試に合格できたという。


長女の仁奈さん(右端)はピアノとチェロ、次女の
安奈さん、三女のまりあちゃん(左から2人目、3人目)も
ピアノとバイオリンを習っているという

そんな飯吉さんは、1991年、フランス人の夫との間に長女をもうけたものの、3年間の結婚生活にピリオドを打った。生計と子育ての窮地を救ってくれたのも生長の家だった。陽子さんが毎月送ってくれた『白鳩』や『理想世界』を読むと心が安らぎ、勇気がわいた。

「み教えがあったからこそ生きてこられました」(飯吉さん)

翌92年、飯吉さんは、アンサンブル・オリオール・ベルリン楽団に入団して中核メンバーとして活躍するようになるなど環境も好転。
その後、ポーランド人のバイオリニスト、ピョートル・プリシャジュニクさんと再婚して2人の子供を授かり、一家5人の“幸せ家族”となった。
飯吉さんは、「み教えを生活に生かして、皆さんの期待に応えられる演奏活動をしていきたい」と笑顔で語ってくれた。