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洋裁一筋 卓越した技術で「現代の名工」に

福岡県の三浦房子さん

昨年10月、卓越した技能を持つ「現代の名工」150人が、厚生労働省から発表されたが、福岡県北九州市在住で白鳩会員の三浦房子さん(78)もその1人に選ばれた。三浦さんは、婦人服の仕立て職として半生にわたって技能を磨いてきたほか、全日本洋裁技能協会の講師や検定委員などの要職を務めて、後進の育成に尽力してきた。「み教えのおかげで頑張ってこられました」と語る三浦さんに、洋裁にかけた思いやみ教えとの出合いを聞いてみた。


今も3〜4台のミシンを使いこなし
仕立ての作業をしている三浦さん

 翌日の成人の日を前に晴れ着姿の若者が集う1月半ばのJR小倉駅。ここから車で10分ほどの自宅で、三浦さんは、自分で仕立てた明るい花柄模様のベストを着て出迎えてくれた。

「受賞はうれしいというより、身の引き締まる思いです」

 ハンチング帽にマント姿で外出する粋な父親に似て、三浦さんは幼いころから、英国製の服を着るなどおしゃれ好き。高等女学校の家庭科で服作りを習うと、家にあった古布を工夫して弟妹のために服を縫った。

「本格的に洋服作りをしたい」

 そう思った昭和25年、20歳の時、昼は洋裁店で働き、夜は洋裁学校へ。学校には夜遅くまで残り、製図の練習を繰り返して基礎を体にたたき込んだ。

「デザインされた生地には作者の思いが詰まっている。そのデザインを生かして、お客様の要望に応えられる洋裁技能士になりたいと夢が膨らみました」

 卒業後も修業を重ね、洋裁店を開業。41年、念願の1級婦人子供服製造技能士に合格すると、オートクチュール(高級注文服)の製造や既製品の補正などを幅広く手掛けてきた。

「最近うれしかったのは、30年以上前にスプリングコートを仕立てられた婦人が、今も同じコートを着ていてくださったこと。今の体形に合わせて補正したら、その婦人のお顔が明るく素敵に変身。人様に喜びを与えられる仕事に励んでこれたのもみ教えのおかげです」

 そんな三浦さんの青春時代は、苦労の連続だったという。昭和4年、8人きょうだいの長女として生まれたが、4歳の時、父親は、結核を患う母親と離縁。その後、継母がやって来たが、父親は3度召集され、その都度、家族は少ない貯金で暮らす貧しい生活を余儀なくされた。

「栄養失調でふらふらでした。小学2年から、幼い妹をおんぶして登校したり、家事を手伝いましたが、継母は私の努力を認めてくれなかった…」

 18歳で結婚したが、婚家では精神不安。我慢できず婚家を飛び出し、叔母の家で暮らし始めてまもない25年ごろ、近所の人に講演会に誘われ出合ったのが生長の家の教えだった。

「神様、先祖、両親から命を頂いた“神の子”が私と知り、感動。母と離縁した父、 つら く当たった継母を ゆる し、一切の人に感謝しようと決意しました」

 教えを学び、心身とも健康になった三浦さんは、現在の夫と再婚、子女2人に恵まれた。仕事では、需要の多かった学生服を毎晩遅くまで製作するなど無限力を発揮し、ニーズに応えた。

 一方、人材育成にも尽力し、多くの技能士を育てている。

「“無理。できません”という人にも、“先祖や両親から万能な体を頂いているんだから、必ずできる!”と励ましています」

 そんな三浦さんは、昭和37年から、毎月1回、自宅で誌友会と先祖供養祭を開催し、その後、地方講師を拝命して誌友会等の出講にも励むように。

 三浦さんは「60年以上歩んできた洋裁の道で発見してきた技術も、み教えも、伝え続けたい」と意欲を燃やしている。