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「日本百名山」を踏破 
人工透析のハンディを乗り越え

大分県日田市 立花信一さん(57)

大分県日田市在住で、相愛会員の立花信一さん(57)は、人工透析を受けながら、50歳の時から5年がかりで、「日本百名山」を踏破した経歴を持つ。現在、その体験を講演会で話して障害に苦しむ人々を励ましたり、仲間とフォークバンドを結成して老人ホームを慰問するなど、“神の子・無限力”を発揮して明るく生きる立花さんを取材してみた。


大工の経験を生かして造ったログハウス(自宅)の前で

 立花さんは、30歳で腎臓炎を患い、33歳の時から週3回、1回5時間の透析を行う生活に。そんな重度の障害を持ちながら、現在、市内の企業で元気に運転手の仕事を務めている。
 そんな立花さんは、平成11年、著名な登山家が選出したことで名高い「日本百名山」を踏破するという目標を持った。
「片足が義足の男性がエベレストに登頂したというテレビ番組を見て、“人間神の子・無限力”の教えを証明しようと思ったのです」
 早速、立花さんは県内の九重連山(1,700㍍級)で訓練を開始。自信を深めた立花さんは、2年後の13年7月、北海道に向かい、40日かけて大雪山、十勝岳などの7つの山に登頂し、同年11月、九州、翌年には、四国、東北、中部(北アルプス)の山々を踏破した。
 透析を続けているため、担当医から紹介状をもらって現地の病院を確保。が、登山中、脱水症状を起こして、雪解け水で命拾いしたこともあるという。
「当時は、貯金以外に、障害者年金と農業によるわずかな現金収入しかなく、移動や宿泊は自家用車、食事はコンビニの弁当などで済ませていました」
 が、「神様が私を常に守ってくださる」との信念で登り続け、17年9月29日、100カ所目に当たる静岡・長野県境の赤石岳(3,120㍍)を登頂し、「日本百名山」踏破に成功。「この体験で、人間神の子、本来病無し、無限の力を持っていると実感でき、喜びに満たされました」
 障害を持った立花さんの快挙は、地元のNHKテレビや『毎日新聞』等で紹介され、その後、立花さんは、母校の中学校や県内の公民館等の講演会で、自身の体験を講演して回り、障害に苦しむ人をはじめ、多くの人々に感動と勇気を与えるように。
 最近では、透析を通して出会った知人を含む仲間3人と共にフォークバンドを結成し、毎月1回、老人ホームを慰問するボランティア活動も行っている。
 生長の家と出合ったのは、透析を開始して1年後、34歳の時。同年、立花さんは妻を癌で亡くしていた。
「人工透析患者となった絶望感や妻を失った孤独感にさいなまれていたころ、近所に住む地方講師から『生命の實相』頭注版第7巻を勧められたのです」
 一読した立花さんは、「とても素晴らしい教え」と直観。他の巻も次々と読破して、「“自分は神の子、生き通しの生命”とわかり、うれしくて3日3晩寝られなかった」という。
 その後も、講習会や総本山(長崎県西海市)の練成会に参加して教えを研さんし続けた。

 そんな立花さんには、次のようなエピソードが──。
 立花さんが、ある山を下山していたところ、偶然、疲れ切って動けなかった77歳と70歳の老夫婦に出会い、「大丈夫ですよ、さあ降りましょう」と2人を励まし、無事、麓まで連れてきたという。
 立花さんは、「人助けができたのも、登山中、常に“ありがとうございます”と心で唱えて、神様の波長に合わせていたおかげです。今後は、自分の体験を基に、み教えをお伝えすることが使命」と意欲に燃えている。