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「全国発酵食品サミットin横手」開催に尽力

秋田市 谷 金彌きんやさん

秋田市在住で、相愛会員の谷 金彌さん(74)は、去る3月29、30日の両日に行われた「全国発酵食品サミットin横手」(横手市とよこて発酵文化研究所主催、秋田魁新報社共催)の実行委員長を務めて、企画・運営をリードし、同大会は、開催地の総合テーマパーク「秋田ふるさと村」(横手市)に全国から1万5000人余りを集めて大盛会裏に終了した。酒造り一筋の人生を送ってきた谷さんは、「米麹を中心に深く根付いた横手の発酵食文化を全国に発信し、町おこしにつなげていきたい」と喜びを語っている。



「発酵食品は“神様の恵み”」
と新開発した梅酒を手に

秋田県横手市は、昔からの米どころとして、「こうじ」文化が盛んで、漬物、味噌、醤油、酒などの発酵食産業が発達してきた。
 そんな中、開催された「全国発酵食品サミットin横手」は、発酵研究の第一人者の小泉武夫・東京農業大学教授の講演会や、俳優の永島敏行氏ら著名人3人を招いたトークショーのほか、全国の発酵食品の物産展などを開催。物産展には、31の業者・団体が出店して、漬物、味噌、醤油、地酒などのほか、各地の伝統食──石川県の「フグの卵巣のぬか漬け」、滋賀県の「鮒寿司」などが並べられ、買い物や試食客で賑わうなど好評で、開催2日間を通して1万5200人が参加。
 この模様は地元紙『秋田魁新報』に紹介され、反響を呼んだ。
 開催のきっかけは、平成16年、同地の発酵文化振興を目指して「よこて発酵文化研究所」が発足し、所長に就任した谷さん、顧問となった小泉教授、五十嵐忠悦・横手市長の3人が研究所の運営について話し合っていた時、「発酵食品が自然食品として注目される中、横手市を“発酵食のまち”として全国に発信し、町おこしにつなげよう」と意見が一致し、企画されたもの。
 昨年3月、サミット実行委員会が発会すると、谷さんは実行委員長として、30人の委員や研究所の140人の会員らとともに準備を開始。具体的には、案内パンフレット4,000部を作成して全国の自治体、農業協同組合等へ送付する一方、地元のテレビ局、酒造協同組合の後援や協賛を取り付けたほか、サミットに向けて発酵新商品の開発など、多岐にわたる準備を進めた。
 関係者や地元市民からは「本当に集客できるだろうか」という心配の声もあったという。
 しかし、谷さんは「生長の家の教えを頂いているので、コトバの力を活用して、“絶対大丈夫”とスタッフや会合に集まった市民の前で言い切りました。フタをあけてみると、自治体、市民、関係団体など皆さんのおかげで、大盛会となったのです」と満面の笑顔で語る。
 谷さんは、昭和30年、東京農業大学醸造学科を卒業後、秋田県湯沢市にある酒造りの名門、秋田銘醸株式会社に入社。製造課長、常務取締役製造部長を務めて、平成9年、退職まで40年以上にわたり、酒造りや、米、麹などの研究を進めてきた。
 そんな谷さんが教えと出合ったのは、昭和60年、52歳の時。奥さんのトミ子さんが、近所に住む信徒の叔母から「いい話こあるから聞きに来ねが?」と誘われ、誌友会に参加し、「人間・神の子」の教えに感動。トミ子さんから感動を伝え聞いた谷さんも、誌友会に参加して「この教えは本物」と直感し、早速、『生命の實相』(谷口雅春先生著)等の聖典を買い揃え、教えを深く研鑽し始めた。

そんな中、平成3年、谷さんは、久保慶蔵・教化部長(現 京都第二教区教化部長)に誘われ、生長の家総本山の団体参拝練成会に参加。谷さんは、学生時代に励んだ水泳(バタフライ)が原因で長年、椎間板ヘルニアによる腰痛に悩まされていたが、献労にも積極的に参加し、我を忘れて重い材木を運搬していた。すると、その直後、腰痛が消え、「背筋を伸ばすことができる !痛みが無くなった!」と大いに感動したという。
「教えを学んで、微生物の働きでできる発酵食品は、“神様からの恵み”と感謝できました。今後は、地元の発酵食文化を後世に伝えていくとともに、横手の発展に貢献していきたい」。
 石川県出身の谷さんは、第二の故郷となった秋田の発展に尽力を惜しまない。