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地域住民と一体で、手作りの登山道

岩手県八幡平はちまんたい市 羽沢 重明さん

岩手県八幡平市在住の相愛会員、羽沢重明さん(69)は、去る6月、同市目名市めないち 地区(29世帯)の自治会長として地域住民をまとめ、登山者らが楽しめるよう同地区の明神岳みょうじんだけ (標高500㍍)の急斜面に253段の階段の登山道を整備した。山村を活性化する取り組みは地元紙『岩手日報』に紹介され話題を呼んだ。独学でマイタケ栽培を成功させ、特産品に育てあげてきた羽沢さんは、「自然資産や山村文化を活用して、広く多くの人々と交流を深めて、高齢化が進む集落の再生を図っていきたい」と語っている。



集落の活性化に尽力する羽沢さん。
信仰の山として住民に親しまれる明神岳に
253段の丸木の階段を設置した

「限界集落」という言葉が過疎化や高齢化で生まれるなど、農山村の集落再生は全国的な課題だが、平成16年から自治会長を務める羽沢さんは、地域住民と力を合わせて集落の活性化に尽力してきた。
 今回手掛けた明神岳の登山道の整備もその一環で、まず昨年6月、山頂の岩場に登山者が安全に登るための鎖場を設置。
 そして、今年6月15日、羽沢さんをはじめ集落の住民20人が集まり、登山道を整備した。
 当日、羽沢さんらはまず山林所有者から提供を受けた登山道沿いの立ち木を間伐して長さ約90㌢、直径10㌢〜15㌢の丸木を準備。その後、ふもとの神社から山頂までの急斜面に1段ずつ、支柱の杭を打ち込み、丸木を横に渡すという作業を繰り返して合計253段の丸木の階段をつくり、安全用の補助ロープも張って、山頂まで約30分掛かる登山道の整備は完了した。
 同地区では、このほか、地域の史跡への案内板設置、地域出身者向けに自治会報『めねぇず(目名市の地元の呼び名)通信』を年2回発送しているほか、昨年8月、帰省した地域出身者と“ふるさとフォーラム”を開催して交流を図るなど活動を続け、今年5月、同地区は、県の「元気なコミュニティー百選」にも選出。高齢化が進む集落の住民に希望を与えている。
「29世帯が結束して活動を続けることで、集落は健在になると、皆で意を強くしています」
 一方、羽沢さんは、これまで、所有する45㌶の山に北海道や関東から中・高生を受け入れて、自然観察などの体験学習の指導を行っており、そんな中で、信仰の話を交えることも。
「山の木々は二酸化炭素を吸収し、落ち葉は腐葉土を作って大地を豊かにする——山には何一つ無駄なものはない。まして“神の子”として生まれてきた君たちには立派な役割があるんですよ、と教えると子供たちの目は輝いてきますね」
 この地で生まれ育った羽沢さんは、7歳の時、父が戦死。その後、母親のとしえさん(93)に女手一つで育てられ、その恩に報いるため、中学卒業後、すぐに家業の農業を継いで、朝から晩まで精を出して働いた。
 そんな農業一筋の羽沢さんに転機が訪れたのは昭和43年、30歳の時。全国的に農産物が余りはじめ、嫌気がさした羽沢さんは、株や小豆の先物取引に手を出したが、電話にかじりついて株を売買する毎日で、農業はおろそかになり、気持ちも不安定になって不整脈を患った。
 そんな時、株式新聞の『生命の實相』の広告にひかれ、書店に第7巻(生活篇)を注文。
「読んでみると心の法則にたまげましたね。もうけようというのは“奪う”心だから、健康が奪われたのだとわかりました」
 以来、真剣に教えを学んだ羽沢さんは、「不整脈がなんだ! 肉体は無いんだ!わが生命は神の生命なんだ!」と鼓舞していると、いつしか不整脈も消滅。
 その一方、「神様の世界は生かし合いの世界」と知った羽沢さんは、“消費者の健康を害する農薬を使わない農業”を神想観中に祈り続けたという。
 すると57年、羽沢さんは、マイタケ栽培に成功した人の話を耳にし、「マイタケだったら農薬を使わないし、出荷量もまだ少ない。これだ!」と直感。湿度、温度、光の調節などが難しく栽培が困難と言われていたマイタケ栽培を独学で成功させ、地域の特産品に育て上げた。
 そんな羽沢さんは4年から3年半、相愛会教区連合会長、10年から2期、地方講師会長を歴任。現在も相愛会長として毎月1回、自宅で誌友会を開催しているほか、月3〜4回は出講するなど活動に尽力している。
 羽沢さんは「山村に住むわれわれには先祖から受け継ぐ自然資産と集落を守り抜く使命があります。今後一層伝道に励み、自然の大切さを訴え、美しい自然と山村文化を子孫に残していきたい」と意欲を語っている。