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60年余、生命の流動を取り続ける笹田さん、
婦人の小夜子さんと

生命の流動をカメラで捉えて60年余

徳島県阿南市 笹田敏雄さん(89)

「昭和40年代の中頃、講習会で体験発表した時、谷口雅春先生が壇上で、県展で特選になった写真をニコニコしてご観賞してくださった感動を昨日のように思い出します」と語るのは、徳島県阿南市在住の相愛会員で写真愛好家の笹田敏雄さん。
 笹田さんは、現在、毎月1回、自宅を誌友会場に提供して真理の研鑽に励む一方、昭和50年から30年間、阿南市美術協会会長を務めたあと、同協会理事兼写真部会長として活躍。また「阿南フォトクラブ四季」という写真愛好サークルを結成して後進の指導にあたっている。
 笹田さんは、阿南市(当時、宝田村)出身、8人きょうだいの3番目に生まれた。昭和20年2月、当時陸軍曹長だった笹田さんは、地元出身の小夜子さん(85)と見合い結婚。笹田さん夫婦は、終戦日の前夜、任地だった埼玉県熊谷市で空襲に遭うも九死に一生を得たという。
 笹田さんと写真との出合いは戦後間もなく、空襲の焼け跡が残る阿南市の市場でドイツ製のカメラを手に入れたこと。
 そのカメラの魅力に取り かれて風景を中心に写真を撮り始めると、たちまちその才能は開花し、22年、『徳島民報』(当時)の写真コンテストで準特選を受賞。翌23年から、「徳島県美術展」で、3年連続入選した後、その2年後には、最上位の特選を初受賞。その後、無鑑査を挟んで5回連続で特選を受賞し、最高の栄誉である「招待作家」となり、さらに「二科展」の写真部門にも入選するという輝かしい実績を誇っている。
「谷口雅春先生が、『生命の實相』頭注版第32巻(宗教戯曲篇下)の序文で、芸術の世界こそが、「生命」を「生命」そのままの相で触れて捉え、「流動」を「流動」そのままの相において捉える、と芸術の素晴らしさについて説いておられることを座右の銘にしてきました」
 笹田さんが教えに触れたのは昭和30年、36歳で、阿南市に店舗を借りてカメラ店を開業した時、地方講師だった家主の夫人から、旧『生長の家』誌を愛行されたことがきっかけ。
 家主宅で開かれていた誌友会に参加して教えを学び、徳島県に谷口雅春先生をお迎えした講習会では、仲間と推進に励んだという。
 平成12年、古い交通事故の後遺症で頸椎を手術した笹田さんは、2カ月間寝たきりで入院していたが、「足があるからには歩ける!」と一念発起して退院すると、約1週間で歩けるように。現在もサークル仲間に車に乗せてもらい、風景写真を撮影しに出かけることもあるという笹田さんは、「“生命の実相”に基づく芸術の素晴らしさを後進に伝えたい」と意気盛んに語っている。

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