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気象と向き合う半生で瑞宝小綬章

福岡市の平野 博さん

 昨年秋、福岡市在住の相愛会員、平野博さん(73)は、気象庁で、予報官、気象台長を務めるなど、長年、気象行政に携わった功績が認められ、瑞宝小綬章を受章。11月6日、妻の頼子さん(68)と皇居に参内し、「春秋の間」で天皇陛下に拝謁するという栄誉に浴した。
「地味な仕事をやってきただけですが、うれしいです。亡き母も喜んでくれると思います」
 こう語る平野さんが、気象の仕事を志したのは中学2年の時。クラスで取り組んだ気象観測で興味を持ち、「気象予報官になろう」と決意。高校卒業後の昭和29年、気象庁の大分測候所に入り、34年から2年間、気象庁研修所高等部(現在の気象大学校)で学んだ。36年、福岡管区気象台の勤務を皮切りに、その後、主に九州各地の気象台に勤め、53年、予報官となって実際に予報に当たり、その後、佐賀、熊本、宮崎の気象台長を歴任するなど、平成8年の退職まで気象予報の第一線で活躍し、同6年には認定を開始した気象予報士にもなった。
 測候所時代は、気象レーダーの性能は不十分だったが、台風や火山の活動に備え、夜勤も数ある中、日夜空や大地と向き合って観測に励んだという。
「自然が相手とはいえ、災害を防ぐため、どんな状況でも迅速で正確な情報は不可欠。使命感を持って予報に当たりました」
 平成8年、気象庁を退職後、企業等で気象学の講演を行ったり、同10年から約5年間、毎週1回、『朝日新聞』東京本社版の天気コラム欄を執筆した。
 教えとの出会いは昭和25年、母親のウノさん(故人)が、行きつけの薬局で、店員から薬を渡されるとともにみ教えを聞かされ、人を裁いていた心を反省。帰宅すると1カ月続いていた妹の高熱が下がっていたという。平野さんは、こうして信仰に熱心になったウノさんの話を聞き講習会に参加するなど教えを学ぶように。

キャリアの半分を過ごした福岡管区気象台で

 が、深く学び始めたのは平成12年、講演や執筆でストレスがたまり、胃がんと狭心症を患い入院。その時、『生命の實相』全40巻を熟読し、退院後、信徒の勧めで“笑い”を心掛けていると、すっかり健康を取り戻し、以来、教化部の先祖供養祭に参加したり聖典を拝読するなど、一層信仰を深めている。
 現在、地球温暖化などの問題を高齢者などに講演しているという平野さんは、「この半生で得た経験を社会に還元していきたい。そのために真理をより深く学び、元気で長生きして、お役に立ちたい」と語っている。