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書く時は緊張感で空気が張りつめるほど、
精神を集中する

信仰と鍛錬で生まれた書

島根県の小田原 利夫さん

「書を始める前に招神歌をとなえ、神様に波長を合わせます」と語るのは、書道家の小田原利夫さん(74)。雅号は玄林。土井晩翠、吉田一穂など近代詩人の詩文を好んで書く
。  一点の書を出品するために300枚の下書きをする。筆を取る時間は午前2時から4時。「静寂の中でしたためる書は、神の霊波を受け取るにふさわしい」という。緊張感で空気が張りつめるほど精神を集中し、息を止め、気合いを込めて筆を進める。「へんつくりに独自の美を表し、文字と文字の間に調和美をもたらすなど、書に生命と美を与えるのは、日々の信仰と鍛錬によるほかありません」
 小田原さんは、農業を営む傍ら勉学に励み、30代前半で、念願だった島根医科大学の文部技官となった。賞状の作成など、仕事で書道が必要だったため、同県の書家、和田悠成氏や山根萬岳氏に師事して書を学び、めきめきと才能が開花。昭和56年、「島根県展」と「創玄展」(全国規模の公募展)で、それぞれ初入選し、以来、入選と特選を重ねる一方、62年、「毎日書道展」に入選。その後、13年、ヨーロッパ芸術文化振興センター主催の「フランス・チオンビル2001」で日本国選抜作家賞、14年、「ベルギー国際現代芸術アカデミー」で銀賞を受賞し、18年、南京博物院(中国)主催の「国際書道展」の招待作家となるなど、海外でも、その芸術性は高く評価されている。
 昭和18年、9歳の時、父親が戦死。母親のヨシノさんは、長男の小田原さんをはじめ4人の子供を女手一つで育てたが、ヨシノさんが心のよりどころとした生長の家の信仰を自然と受け継いだ。ヨシノさんは、71歳の時、脳溢血で倒れて半身不随となったが、一昨年、亡くなるまでの23年間、小田原さんは、夫婦で力を合わせ、報恩感謝の思いで、自宅で介護を続けた。
 一方、平成5年、相愛会長、同10年、地区総連合会長を拝命。講習会の参加促進では、多い時で約60人を講習会に導くなど光明化に尽力。昨年(20年)秋、布教功労賞を受賞した。
「信仰と努力でどれほど魂を磨けたか、人生そのものが書ににじみ出るもの。“まだまだ”ですね」

小田原さん

おだはら・としお

島根県出雲市在住

相愛会員

国際芸術文化協会理事、前島根医科大学文部事務官、元島根医科大学書道研究会会長

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