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谷口恵美子先生のイラストを担当し感謝

東京・世田谷の宇治摩耶さん


「常に画材を携帯して身の周りの物を短時間で描きます」と宇治さん

東京都世田谷区在住のイラストレーター、宇治摩耶さん(74、本名:宇治知也子)は、長年、普及誌『白鳩』や機関誌『生長の家白鳩会』『生長の家青年会』で、谷口恵美子先生の詩のページのイラストを担当してきたが、今年3月号で、最後の『白鳩』も担当を降りる。
「イラストの作成は締切日があって大変でしたが、完成すれば、“ああ面白かった”と喜べたことが幸せでした」と語る宇治さんを訪ね、イラスト制作に懸けてきた思いなどを聞いた。


 風は冷たいが雲一つ無い快晴の1月14日、宇治さんは、東急大井町線等々力駅に着物姿で迎えてくれた。
 宇治さんが谷口恵美子先生の詩のイラストを担当した期間は、機関誌『生長の家白鳩会』が平成4年~21年、『生長の家青年会』が4年~20年(それぞれ隔月)、普及誌『白鳩』が14年~22年(3月号まで、毎月)まで。この間のイラストは約300点。毎回、編集担当から先生の原稿を送ってもらいイメージを膨らませた。
「先生の心象を表現された詩を、イラストで視覚化するのは大変難しい仕事でした。目立ってもだめですし、詩とイラストが響き合うよう心掛けました」
 特に気を遣ったのは、詩の中に「父」「母」「私」などの表現があった場合で、「おそれおおくて…」描きにくかったという。
「後ろ姿」というタイトルの詩を見た時も「どうしよう…」と不安がよぎった。が、道行く人や自分の足を鏡で見たりして足の動きを観察し、試行錯誤を繰り返してイラストを完成。すると後日、「谷口純子先生から『“お母さま(恵美子先生)”と呼べば振り返りそうな絵だった』と讃嘆していただいた」という。
 恵美子先生の優れた感性に応えられるようにと、自分の目で観察したものだけを描き、詩一編に数点のイラストを用意して選んでもらった。
「恵美子先生のおかげで、美の感覚が磨かれました」
 宇治さんは、約30年前、編集者が“白鳩”の絵を募集した時、公園で灰色の鳩の輪郭をスケッチして応募し、恵美子先生に採用されなかった体験が…。
「“白でも黒でも良かろう”と思った私が間違っていたと反省。白鳩の首は少し華奢きゃしゃなんだそうで、先生の観察力の素晴らしさに逆に感嘆しました。だから、恵美子先生の詩のカットを依頼された時、気に入っていただけるか心配でした」
 が、2カ月後、「母のゆかた」と題した詩に対して、浴衣を解いた後の袖、和鋏わばさみ、針、糸を描き、先生から「お裁縫をする方なのね」と大変喜ばれたという。
「イラストを通じて先生と心が通い合った気がしました」

取材後に描いたケーキの絵

 その後、宇治さんは、先生と共に近郊の森や公園に出掛ける機会もしばしば。
「先生は毎回カメラで写真を撮られるのですが、自然の中に入られると、自然と一体化して“妖精”のように可愛かわいくなられるのが印象的でした」
 宇治さんは、兵庫県芦屋市の生まれ。女子美術大学卒業後、フジテレビの美術を経てフリーに。その間、現在の夫と結婚し、2人の子女に恵まれた。
 生長の家との縁は、日本教文社の書籍の翻訳者を務めていた父親の紹介で、昭和38年から26年間、旧『精神科学』のイラストを手掛けたほか、普及誌『白鳩』に絵と文でつづる「わたし の彩事記」を3年間連載した。
 宇治さんは、「今、恵美子先生を倣って日本画やピアノを勉強中。先生の詩の中で自由に遊び、楽しい時間を過ごさせていただき、心より感謝しています」と語っている。