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生光展 2人が生光展賞に輝く

埼玉県の五嶋稔さん、千葉県の中川登岐枝さん


受賞作とともに。左が五嶋稔さん作『たそがれ少女』、右が中川登岐枝さん作『牧場の秋』

去る10月、東京銀座画廊・美術館で開催された生長の家芸術家連盟美術展「第33回生光展」では、埼玉県鴻巣こうのす市の聖使命会員、五嶋稔さん(56)と、千葉県八千代市の地方講師で、白鳩会員の中川登岐枝さん(75)の2人の生芸連会員が見事、最優秀の生光展賞に輝いた。
 五嶋さんの受賞作『たそがれ少女』(30号)は、多様な線の重なりで現れた透明感のある紫色の空間に、ほほ笑みながら立つ少女を描いた幻想的な作品。
 「震災後、憂いがありつつも、たくましく生きる少女の姿を、祈るような気持ちで描きました。特に少女の表情は、納得するまで何回も描き直しました」
 一方の中川さんの受賞作『牧場の秋』(50号)は、鮮やかな紅葉や黄葉が背後に広がる牧場で牛たちが草をむ光景を丁寧な筆致で描き込んだ力作。
 「のどかな風景を描きたかったのですが、思うようにいかず、何度も心の中で“神様!”と呼び掛けました。苦労した分だけ、達成感も大きかったです」
 10月10日、生光展の表彰式に出席した2人に話を聴いた。


■受賞が亡き母への恩返しに

 「熱心な信仰者だった母に親孝行ができました」と受賞を喜ぶ五嶋さんは、幼少から絵が好きで高校時代から東京藝術大学美術学部を目指した本格派。
 しかし、現実の壁は厚く、浪人の末、都内の美術学校へ。「挫折感はありましたが、絵を描き続けているうちに、協力者に恵まれ、絵を描く環境が整って…」
 その後、福祉施設で働く傍ら絵を描き続け、30歳の時、全国規模の美術展で優秀賞を射止めたのが転機に。以後、個展開催の依頼が次々と舞い込み、歴史ある「モダンアート展」で入賞を重ねた。
 平成19年、友人の勧めで生光展に初出品し、奨励賞を受賞。ところが、審査結果が出る直前に母親のクニヱさんが80歳で急逝。受賞報告はかなわなかったが、親孝行の気持ちで、以後、毎回生光展に出品している。
 このほど生芸連の運営委員にも任命され、さらに活躍の場が広がった五嶋さんは、「たくさんの人が感銘し、喜んでもらえる作品を描きたい」と意欲的だ。

■生涯、絵を描き続ける決意で

 一方、「出品者のレベルが高い生光展で最高の賞を頂き、感激しました」と語る中川さんは、主婦業の傍ら、昭和49年、近所の知人の誘いで絵画サークルに入り、週1回、指導者の下で初歩から油絵を学び始めた。
その一方、30代から体調を崩すことが多くなっていた中川さんは、健康のために早寝早起きを続けていた平成元年、たまたま生長の家のラジオ放送「幸福への出発」を聴いたことがきっかけで、生長の家本部の聖典講義に1カ月間毎日通ううちに喜びがわいてきて、体調も回復。すると、作品も明るくなり、13年には県展に初出品で初入選を果たし、翌14年からはほぼ毎年、生光展に出品し、入賞を重ねている。
 一昨年に他界した絵画の恩師の「一人になっても絵をずっと描き続けなさい」とのラストメッセージを胸に、「今後も生光展に毎年出品し続けたい」と語っている。(こちらに関連記事)