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日本舞踊の普及と発展で、文化功労賞

福井県越前市の中西幸路ゆきじさん


昨年10月の「和・洋の舞」で
踊りを披露する中西さん

 福井県越前市在住で白鳩会員の中西幸路さん(74、地方講師)は、同県で35年間にわたり日本舞踊(勝美流)の普及と発展に努めるなど、地域に根ざした活動の功績が認められ、今年1月、同県文化協議会から「地域文化功労賞」の栄誉を受けた。
 「長年の努力が認められて本当にうれしいです」
 幼いころから音楽を聴いて踊るのが好きだった中西さんは、7歳の時から日本舞踊を習い始めて、20代で名取となり、結婚後、昭和51年から本格的に舞踊教室で教えるように。多い時は、8つの教室(週1回)で教えたり、温泉旅館に出向いて接客係に教えるなど、これまでの生徒は数百人にのぼるという。
 一方、地元の祭やイベントにも出演し、平成13年から、バレエ教室を主宰する長女の前田美智さん(49)と協力して、日本舞踊とクラシックバレエのジョイント公演「和・洋の舞」をこれまで3回開催して、地元住民から好評を得るなど活躍してきた。
 「日本舞踊に人生を捧げてきましたが、長年続けられたのは教えと先祖や両親の導き、そして家族の協力のおかげです」
 中西さんは、昭和29年、高校3年の時、就職先の会社の面接官から手渡された『生長の家』(旧版)を読んで「人間・神の子・無限力」の教えに感動。すぐに高校生練成会や誌友会に参加して教えを学び始め、結婚後、自宅で誌友会を開催するなど、求道と伝道に励んできた。日本舞踊の教室や舞台の前は、先祖や両親、生徒、観客への感謝の祈りを欠かさなかったという。
 平成17年、2人の孫を背負って遊んでいる時、背骨を骨折する大けがを負った。「日本舞踊は背筋の動きが命。もう二度と踊れない」と思ったが、病院で医師から神経は切断されていなかったことを告げられ、「先祖に守られた!と思い、父親に対して心の底から感謝できました」と振り返る。


「教えと舞踊を通して、
継続する大切さも学びました」
と中西さん

 実は、中西さんは、7歳の時、両親が離婚。外に女性をつくった父親を長年赦すことができなかったという。
 「感謝したいが赦せない。そんな思いを変えたいと一心に教えを学び、舞踊に打ち込んできましたが、けがをきっかけに、父のおかげで続けられたと感謝でき、す~っと楽になりました」
 以来、中西さんは、病室のベッドで体を固定されたまま聖経読誦し、先祖や父母に徹底して感謝を続けていると、医者が驚くほどの回復力を見せて2カ月で退院。同年秋に開催された第2回「和・洋の舞」で見事、復帰を果たした。
 「今、長く踊りを続けられる理由は?と聞かれると、“先祖や両親に感謝すること”とハッキリ答えています。これからも踊りを通して教えを伝えたい」