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自家米で作ったおかきが好評

茨城県鹿嶋市 大川けい子さん

田んぼで、稲の成長ぶりを見る大川さん

 サッカーJリーグの強豪チーム・鹿島アントラーズの本拠地である鹿嶋市で、家族と共に稲作を手掛ける大船津支部支部長の大川けい子さん(62)は、平成22年から、自家米でおかきを作って販売し好評だ。おかきを卸している農産物直売所や鹿島神宮参道では、「大川さんのおかきはよく売れている」(直売所)と注目されている。
 商品は5種類。「黒米おかき」など、主な商品には同じく自家栽培の黒米を混ぜているのが特徴。黒米は、野性稲の特徴を受け継ぐ栄養豊かな品種だ。
 「出張で来た他県の男性が買ってくれた時、『また食べたくなったから送ってほしい』と注文を頂いたこともあります。このような声は自信になりますね」
 おかきを作り始めたのは、平成15年ごろ、夫の喜美きよしさん(63)の高い血糖値を下げようと、市販の黒米を配合して食事に出し始めたことがきっかけ。当初、市販の黒米を使っていたが、高価なため、「自分で作ってみよう」と栽培を始め、やがて、大川農園の「黒米」として販売するように。しかし、白米2~3合に対し、黒米は大さじ1杯程度を入れて炊くもので、消費量が少なく、しばらくは、売り上げが上がらなかった。
 平成20年ごろ、大川さんは「黒米で何か作れないかしら…」と叔母に相談。すると「煎餅屋の知人が、引退するから機械を誰かに譲りたいと言っている」と知人を紹介してもらった。
 当時、第1次産業の農家が加工・流通まで一貫して手掛ける経営形態(第6次産業)が注目され始めた時期。大川さんは、機械を譲り受け、保健所の許可を得て、22年1月、黒米入りおかきの試作を始めた。
 しかし、最初は失敗の連続だった。おかき作りは、米を蒸し、つき、冷やした後、乾燥させるが、初めての時は、乾燥時間が足りず全部にかびが生えてしまったことも。「お米に申し訳ない」と思いつつ、改善を重ねて、同年12月、商品化に成功した。
 「おかきが作れるのは、長男(喜章さん、33)が一人前となり、米づくりを手伝ってくれるから。かつては不登校で苦しんでいましたが、私を生長の家に導いてくれました」
 教えに触れたのは、善章さんが不登校になった平成5年。
 長男は、中学に入学した同年、Jリーグが開幕して人気があったサッカー部に入部して練習に励んだが、練習試合でのミスを部員に責められたことが原因で体調を崩して、夏休みの終盤から微熱を訴えて、2学期から学校に行けなくなった。
 「医者に診せても回復せず、途方にくれていました」
 そんな時、和裁の内職をしていた大川さんは、納品先の呉服屋に勤務していた工藤勝子・地方講師に相談。すると、「月1回、母親教室に参加するといいわよ」と勧められ、早速、近所の母親教室に参加し始めた。
 「生長の家の教育法を学ばせていただき、子供の美点を認めて伸ばす教育法でやっていけば、必ずよくなると直感しました」
 3年後、地元の公民館で開催された一日見真会で浄心行を受け、それまで、夫や父親に反発していた自分に気付き、心から懺悔ざんげしたという。

黒米を混ぜたおかきの商品

 長男は、中学はほぼ登校できなかったが、大川さんが明るい言葉で接し続けているうちに元気を取り戻し、卒業後、高校、農業の専門学校に進学し、農業を手伝うように。
 また大川さんは、その浄心行で、小学生の時から苦しんでいた蓄膿症が快癒。教えの素晴らしさを実感したという。
 「この夏から、地元地域のランドマークである鹿嶋セントラルホテルでもおかきを置いてもらって、人気を博しています。多くの人に愛されるおかきを作り続けるとともに、知人や購入者などに教えを伝えたい」