災害で亡くなった叔父。どう考えたら?

教え

1年前、記録的な大雨によって生じた土砂崩(どしゃくず)れで、55歳の叔父が亡くなりました。叔父はとても面倒見の良い人で、親戚(しんせき)からはもちろん、周囲の人たちからも、すごく慕(した)われていました。そんな叔父がどうして災害に巻き込まれて死ななければならないのか。いくら考えても納得がいきません。神も仏もないのかと思ってしまいます。(H・K、25歳、女性)


回答者:寺川 昌志 生長の家本部講師






叔父さんの生き方のように、多くの人に愛を出して下さい

あなたがとっても慕(した)っていた叔父さんが亡(な)くなられたとのこと、心からお悔(く)やみ申し上げます。辛(つら)かったですね。

現在、広島市に住む私は、昨年7月、豪雨(ごうう)災害を経験しました。多くの方が亡くなられ、住まいが全壊(ぜんかい)したり、水に浸(つ)かった方もあったため、全国の信徒仲間の協力を得て、3カ月ほど復旧作業に取り組みました。その中で亡(な)くなった方、紙一重(かみひとえ)で助かった方など、さまざまなことを伺(うかが)ったので、あなたの気持ちはよく分かります。

そうした疑問は、信仰で解決するしかないように思います。人間の突然の死について、谷口清超(*1)・前生長の家総裁は、『新しいチャンスのとき』(*2)で、こう説かれています。

「即死(そくし)は、高級霊にもありうることだ。それは急速な肉体からの離脱(りだつ)は、多くの業因(ごういん)を脱落(だつらく)するから、ちょうど大急ぎで家を出る時には、ほとんど何ものも持たず(執着(しゅうちゃく)を放して)去るのと似ている。だから魂の進化には役立つのである」(21頁)

生長の家では、「人間は神の子である」と説き、「この肉体はいつか必ず滅(ほろ)びるが、生命は永遠生き通しである」と教えます。このことが分かると、今、私たちが生きている世界は、永遠生き通しである生命の中の“一つのステージ”と捉(とら)えることができます。つまり、人間がこの地上に生を受けた最大の目的は、さまざまな経験を通して魂を成長させることなのです。

叔父さんの生命も永遠生き通しです。叔父さんがあなたや周囲の人に愛を尽(つ)くしたように、今度はあなたが多くの人のためになることをしてください。それが、叔父さんへの最大の供養(くよう)になると思います。

谷口雅宣(*3)・生長の家総裁の著書『次世代への決断』(*4)の中の「大震災の意味を問う」を読むと、一層理解が進むと思います。ぜひ、ご一読をお勧めします。

*1=61ページ参照 *2=日本教文社刊
*3=60ページ参照 *4=生長の家刊



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