体験談

私の信仰体験/栃木教区栄える会会頭 星 敬子

2021年7月16日  

 鮎の養殖を営む我が家は忙しさと家庭不調和で常に問題が絶えず、私は不平不満の塊で感謝の言葉などこれっぽちも出ず、常に問題を抱えながら生活をしていました。そんな毎日でしたので病弱であった姑が亡くなり、その後私たちは夫婦不調和から離婚しました。夫が出て行き、中学生の娘と小学生の息子が家に残り、私は舅と共に商売を続けました。そんな時に後妻として我が家に来てくださった義母が、私に生長の家の真理を伝えてくださいました。その後子供達も成長し、後継者問題などありましたが、神想観や先祖供養をしっかり行じ、神様に全托しつつ明るく感謝と喜びの生活をしていましたら、今までの問題はすべて解決していました。思えば、義母の部屋にはいつも白鳩誌がありました。「良いことが書いてあるが、私には関係ない」と思いながら読んでいましたが、離婚して心の動揺を抑えられずにいた時、白鳩誌を読んでいるうちに心が落ち着いてきました。私は今まで反対の生き方をしていたと気づき、義母が信仰している教えを私も生涯やっていこうと決めました。いつも義母は私の実相を祈っていてくださったのです。このように私の人生観を変えてくださった義母には感謝の言葉しか見つかりません。
 現在、鮎の養殖の仕事は娘夫婦が後を継いでいます。仕事をする上で栄える会で学んだことがすべて生かされていることは言うまでもありません。それまでは利益のみを考えての商売でした。苦しくて楽しくなかった生活から栄える会へ入会したお蔭で、「与えよ、さらば与えられん」に徹し、人様のお役に立つこと、人様の喜んでいただけることを第一に考え行動するようになりました。与える生活の中で得られる満足感や充実感。そしてお客様を祝福し、喜んでいただける顔を思い浮かべ、まさしく神様から与えられた場所、ご先祖様のお導きで与えられたと思っています。昭和の終わりには三笠宮殿下にご来臨いただき、鮎料理を召し上がっていただきました。鮎にとってもっとも良い環境作りを重視して育てて、鮎池の方に向かって「日本一の鮎さんありがとうございます」と毎朝感謝の言葉をかけています。その通り日本一の鮎に育っています。今、義母は94になり、人生の終末期を迎えています。私は自宅で看取ることを決めました。最後まで家族と共に過ごせることはありがたく思います。長年、生長の家を信仰してきた義母は、今最後の姿をもって何が大切なことを伝えてくださっていると思うと感謝の想いがこみ上げてきます。
 去る5月29日、Zoomで行われた栄える会ブロック懇談会の際、コロナ禍の中をどう乗り切るか、今こそ宗教の出番であると、上浦庸司・栄える会会長よりお話がありました。三正行、特に神想観をしっかり行じて神様から良きアイディアをいただくこと、そしてネットは遠くの方とすぐに繋がり大変便利であることもお話しくださいました。栃木教区栄える会の現状は会員さんも少なく、ネット環境も整っていない方もあり、ネットはまだ無理と考え実行に移せないでいましたが、他教区はすすんで活用されていることを知り、会員さんの都合の良い時間にLINE(ライン)でネットフォーラムを行っていきたいと思います。なかなか一歩が踏み出せないでいましたが、これを機に一歩前に進もうと決意いたしました。


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