飛田給での菜園活動
2019年の冬、鈴木博子会頭と調布市飛田給にある本部練成道場を訪ねたときのことです。すでに相談されていたようですが、会頭から「ここをお借りして畑にしよう」と聞き驚きました。道場の玄関を出て正面にある樹林の手前には確かに緑陰になっていない場所があり、草たちが静かに場所を占めていました。このときから菜園づくりを夢見ることになり、本屋に立ち寄った私は『自然農教室(耕さず、肥料・農薬を用いず、草や虫を敵としない 誰でも簡単にできる!)』という本を手にしていました。その本を読みながら、子供の頃、母が庭に隙間を見つけて育てた野菜や山菜を朝に夕に摘んで食卓にあげてくれていたことを思い出していました。
この菜園活動は、その構想を伝えられたときから、私の心を広げてくれました。野菜や食べ物への関心事が、買い物先で値段の安さを比べることよりも、野菜の種選びや育て方、お日様と雨の恵みといったろころまで広がっていきました。そして、子供の頃には田舎で当たり前に使っていた“作物”という言葉が思い出されるのでした。
その後、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり菜園活動は一時中断がありましたが、コロナ後には東京第二教区栄える会の皆様にもご参加いただき、楽しさが倍増しています。そして日向光春総務をはじめ道場の皆様から常にあたたかい支援と協力をいただくなかで、この夏も続けていくことができました。今は、春に植えたサツマイモ、7月にジャガイモを収穫した後に種まきした晩成の枝豆、人参が育つのを楽しく見守っています。
これまでもジャガイモや枝豆、サツマイモ、冬の菜の花などは、道場からいただく堆肥のほかは無肥料、無農薬で、ビニールなどの資材も無使用、雑草とりも最小限なのによく育ってくれて、自然の恵みをいただくことができました。
菜園で生まれた神の子の自覚
そして、大きな喜びも生まれています。参加の環が広がっていくなかで、その中のお一人、横山宜(のり)明(あき)さん(都会育ち、40代の栄える会会員)から楽しくかつ真剣な話をお伺いすることができました。作物を育てたことがなかった横山さんは曲がった胡瓜を見て失敗作と思われたそうです。お店で販売されている胡瓜がどうやって育ち収穫されるかも知らず、農薬が使われていることも知らなかったのです。菜園で自分で手間をかけて見守っていくことで、曲がった野菜も小さなジャガイモも愛おしく感じられるようになったといいます。そして、一つひとつ心を込めて作業をするときは、ゆっくり時間が流れて、普段の慌ただしさや周りを気にして劣等感を感じることもある自分から解放されて、新しい自分に出会い、私もやっぱり神の子だと自覚することができるというのです。横山さんは、もっとたくさんの仲間と出会い、大自然に触れ合いたいと話してくださいました。
私は、都会に暮らすなかでも、菜園活動や山登り、自然観察の機会に恵まれていることを心から感謝したいと思います。自然の中にとけ込んでいくとき、街の暮らしで自分の視野がせまくなっていたことに気付かされます。私たちの視野を広げてくれ、必ず何かに気付かせてくれて喜びを与えてくれる自然に、これからも感謝してまいります。