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信仰体験談

愛行によって人生の意味を知る(後編)

2016年5月12日  


・愛行によって人生の意味を知る(後編)
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今号は、前号に引き続き、新潟北越教区のKさんの体験談(教区大会で発表)の後編をお届けいたします。
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愛行によって人生の意味を知る(後編)

人には会いたくなかったので、実践したことは、朝早く出勤前にゴミ拾いをすることです。
新潟市の生活環境課に問い合わせをし、道路や川などの不法投棄のゴミを全部、徹底的に拾いました。
パソコンやブラウン管テレビなど、大量にありました。

これは、人間が自然破壊を通して行っている“不足の思いの現われ”なんだと思います。
このような“浄化の活動”でもある不法投棄のゴミ拾いを、神様のお仕事のお手伝いをさせていただいているという気持ちで行っております。

実践してみて分かったことは、今までの苦しい思い、突き上げるような自責の念がだんだんと消えて行ったことです。
とても名誉なことであり、自分自身を誇らしく思えるようになりました。

そして、収集が終わった後、ゴミの山を見ると「嬉しい」「嬉しい」という気持ちになります。
練成会の感謝行などで「ありがとうございます」と唱えるとき、初めは「何が有り難いのか?」と思っていましたが、今では自分から自発的に取り組めるようになりました。

現在、不法投棄されたゴミの除去は全部終わり、本当に綺麗になりました。
そうすると、嬉しい気持ちやワクワクした気持ちになってきます。
これは言葉で表現するのは無理なくらい、ワクワクしてくる行いです。

「本当に死ななくて良かった」
この時から、次第に「生きている」という思いから、「生かされている」という思いへと変わり、今度は自分を生んでくれた父母や祖父母の先祖供養のお経を唱えるようになりました。

ゴミ拾いという愛行によって、自分が神様のお役に立てた喜びを感じ、生かされていることに気づき、本当の先祖供養をするようになったのです。

すると、27年間あった漠然とした不安感、恐怖感、焦燥感がスーッと消えていきました。
最近では感謝と安らぎの生活を送らせていただいています。
これは霊界のご先祖様の導きだと思っています。

以前の私は“色んな支流”に入り込んで迷っていましたが、生長の家という“本流”に差し掛かり、今度は“源流”を目指していくことになるのだと思います。
「長い間、ご先祖様が求めていた信仰がここにあった」ということが言えると思います。

二度に渡る逆境のお陰で、死ぬ前に生長の家にたどり着けたことは、私の人生において大変意味あるものとなりました。
ご先祖様もとても喜んでいると思います。
お陰で助かりました。

皆様、今後ともご指導の程、よろしくお願い申し上げます。
ありがとうございます。
(2016年3月27日開催の「相愛会新潟北越教区大会」の体験発表より)

(2016.04.15、相愛会・栄える会推進課)

★★★「真理の言葉」★★★

「人間・神の子」という意味は、私たちは皆、初めから結ばれた神の子であるということです。人間だけが結ばれているのではなく、自然界のすべてが神の創造ですから、神の子らしい生活とは、自然界と結ばれた生活なのです。
(機関誌『生長の家』2016年2月号 57頁、
谷口雅春大聖師御生誕日記念式典でのご挨拶より)

日常的な自然との触れ合いを大切にし、「自然界と結ばれた生活」を常に心がけるようにしましょう。
そのことが、神の子としての幸福な人生につながるのです。


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